前の記事で「鉄錆廃炎」の完全版刊行を喜んだ。
この漫画は長年の刊行休止で店頭からも姿を消し、入手困難となっていた。
新装丁で入手しやすくなったことが心から嬉しい。
この機会に多くの人の目にとまればいいと思う。
いい作品なのに出版社の都合などで入手が困難になることって少なくない。
そんな作品が、別の出版社から復刊されることになると、既に持っている作品であっても改めて買い揃えたくなってくる。
応援の意味を込めて。
せっかくなので、そんなお勧め復活本をリストアップしてみる。
耽美なわしら〈1〉 (ハヤカワ文庫JA) 森 奈津子
耽美なわしら〈2〉 (ハヤカワ文庫JA) 森 奈津子
SF作家としても活躍する森奈津子の作品だからハヤカワから出るのも驚きではないのだが、しかし初めて見たときは「この作品がハヤカワかあ……!」という納得と感嘆を禁じえなかった。
しかし元々はアスカノベルスだっけか、少女小説レーベルから出た作品で、それもなんだか場違い感があった。そのあと一度ソフトカバーで復刊して……最終的にここで文庫に収録された形。どこいってもアウェーな感じは内容的にやむを得ないのかもしれない。
そんな内容は、一言でいえば「セクシャルマイノリティー・ギャグコメディ」。
見た目は兄貴・心はナイーブなゲイの小説家の青年が、ノンセクシュアルで天然の百合少女小説家の美青年への恋心をそっと心に秘めつつ、レズのカルトマンガ家やバイの人気漫画化に囲まればかばかしいトラブルに巻き込まれたり真剣に悩んだりするという、なんかもうほんと常識をかっとばす内容。
セクシャルマイノリティーを題材に取りながら、彼らは自分がゲイやバイであることにまったく引け目も罪悪感も覚えてはいない。それに関してはごくごく当たり前に受け入れた上で、その上で彼らの性的指向ゆえの問題がぶちあげられる。いや、性的指向はこの際副次的な要素でしかない。
問題なのは、性癖ではなく、性格だ。
そう、しみじみ気づいてしまう。
読んでいるうちにあまりのばかばかしさと真剣さに、いろんなことがどうでもよくなってくる。人と違うことがなんだっていうの、というすがすがしいほど堂々とした態度に、些細な悩みなんか悩みでもないような、そんな気持ちにさせてくれる。
こんな風に「小さな悩みなんてどうでもいいような気分」にさせられる作品は、私にとってはこの「耽美なわしら」と「ジョジョの奇妙な冒険」くらいのものだ。今これ並べたことに軽い罪悪感を覚えましたが、でも正反対の方向で実際そうなんだ。
心にもやもやを抱えたときに、是非読んでみて欲しい本。
お嬢さまとお呼び! 森 奈津子,D.K
森奈津子作品ではこちらも復刊して嬉しかった作品。
学研レモン文庫で出版された少女小説なのだけど、なにしろ主人公が縦ロールにヒラヒラワンピ、一人称「あたくし」の悪役系お嬢様だ。
地味な家来に、学園の王子様や、その王子様にひそかな恋心を抱く柔道部主将、2人の関係を見守る文芸部部長など、アクのつよいレギュラーキャラに、これまた「生徒会長」「オタク」「美少年」などの典型的なゲストキャラが極端な形で絡んでくる。
あと折々に挟み込まれる細かい笑いが世代を感じさせて可笑しいったらない。
70年代〜80年代前半生まれの、当時の少女にお勧め。
西遊妖猿伝 大唐篇 1 (モーニングKCDX) 諸星 大二郎
そして漫画ではこれを上げずにはいられない。
諸星大二郎の代表作にしてライフワーク、西遊記を題材に取った一大伝奇。
オリジナルの西遊記とはかなりカラーが異なり、水墨画を思わせる荒削りな筆致のなかに土や闇や根源的なものへの畏れをじっとりと滲ませている。
ある意味、とてもどぎつい。しかし、それが魅力でもある。
影と宿命を背負った孫悟空の人物造形もまた独特だ。
これも連載期間が長かったり掲載誌があちこち変わったりしたせいで、いろんな出版社からいろんなヴァージョンが発売されている。私は潮出版社版で集めたが、全巻そろえるのは結構苦労した。
11年ぶりに連載再開に合わせて大唐篇の既刊分がモーニングKCに収録された。一気読みするのにこれほどの機会はない。
それにしても大唐篇16巻でようやく唐を出て、新たに開始した西域篇でようやく沙悟浄登場ですよ。足掛け25年とのこと。旅の終わりはいったいいつになるのだろう。
不安を抱えつつも、それでもじっくり腰を据えて付き合いたくなる。
そんな大作。
並べてみればいずれも初出から数えればほぼ10年かそれ以上経た復刊作品ばかりとなった。
やっぱ良い本は時間なんか関係ないのだな、と確信して嬉しくなる。
個人的に今ものすごく復刊を望むのは
蘇州狐妖記 (トクマ・ノベルズ)。
中華ファンタジーの良作。ほのぼのとした作風がなんともすがすがしい。
アンソロジーに収録された短編も含め、どこかで復刊されないものだろうか。